ちょっと不可思議なお話

さて、霊感など全く縁の無い私が体験したお話をいたしましょう。
初めに言っておきますが、私は本当に霊感ゼロです。
たとえば、以前仕事中につけていたテレビの番組で心霊写真をとりあげたのですが、私にはさっぱり解りません。アシさん達が「ほら! ほら! ここに顔が!」と指さす所をいくら見ても、私だけが解らない…という、ゼロどころか、マイナス霊感なのです。

けれど今回ばかりは、あれ?? という体験をしましたので、書いてみました(^_^)

<いきなり余談>

それはE.ZONEのCD2のアフレコに行ったときです。そこは大きなスタジオで新しいイメージなのですが、もとからあった古いビルに建て増しをしたため、かなり内部は複雑な構造になっているそうです。しかしE.ZONEで使ったスタジオは入り口から入ってすぐだったので、そんなに複雑な構造とは全く気がつきませんでした。一通りアフレコも終わり、声優さんたちもゾロゾロと引き上げ始めたときです。壁に背中をもたれていた私の首の後ろを、指が触ったのです。ツーっと横に移動して。えっ! と後ろを向いても白い壁。そのときは別に怖くもなく、ま〜いいや、とそのまま帰りました。後から編集部の人に聞くと、その建物は構造のせいか色々噂があるとのこと。まあ「スタジオ」と名のつくところはそういうもんだろう、となんとも思いませんでした(笑) 

<ここから本題>

さてさて、1999年10月17日のことです。

あるお祝い事があって、総勢20人を越える人たちとイタリアレストランで、ちょっとした打ち上げパーティをしました。女性と男性が半々くらいだったのですが、飲める女性が少なく、当然私は飲めるグループの中で勧められるままに,ガンガン赤ワインを飲み干しておりました(笑)私の座っていた席は、すぐ後ろがイタリアのお皿など飾られた、煉瓦の壁になっています。ところが2回ほど、後ろから上着の裾をツンツン、とひっぱられたのです。あれ?と思って後ろを見ますが、壁があるだけです。こういうときって、余談の場合もそうですが、周りには人が沢山ワイワイしてるし、別に怖い、とかなんともないもんなんです。「あれ?なんだ? ……ま、いーか」ってホントにそんな感じで。さて、赤ワインを一体何本開けたか解らなくなるほど飲んで、私にしては非常に珍しく酔いが回りました。大抵外で飲んだときは、どんなに飲んでも、チャンポンをしてもしっかりとしているものなのですが、前日徹夜だったせいもあってか、店を出るときに入り口のガラスのドアに額を思いっきりぶつける、というマンガみたいな酔い方をしていました。(ぶつけた時かなり痛かったのですが「おぉ〜マンガみて〜!」と思ったのを覚えてます(笑))帰りの電車も同じ方向の人たちと楽しく騒ぎ、大げさに別れを告げて自分の駅で降り、ぶらぶらと歩いて酔いをさましながら帰宅しました。玄関を開けると、すぐにモルダーとダナがすりよって来ます。本当は夜はあげない猫缶詰を、酔いの上機嫌で「あなたたちもお祝いしてね〜ん」とわけのわからんことを言いながら御進呈。おお、とばかり思いがけない「お祝い猫缶」にありついた二匹は、もう大喜び。夢中で夜食に顔をつっこむ二匹を横目に、手早く着替えて寝る支度を整え、時計を見るとまだ12時(夜型の私にとっては「まだ」の時間帯)。なんだかだんだん目が覚めてきてしまった気がして、ベッドの横に積んである、まだ読んでいない資料の一つを手に取り、横になって読み始めました。

はっと気がつくと4時。
「あ、いけね。うたた寝しちまったぃ。ちゃんと布団かぶって寝なきゃ」冷え切った体をこすりながら、寝る前に水を飲もうと台所に行ったとき。

……おかしい。
なにかおかしい。

台所の真ん中で立ち止まって、あたりを見回しても、やっぱりこれはおかしい。何が変だって、猫の気配が全くしないのです。何か空気が止まっているのです。モルダーとダナが仲良く抱き合って眠る楽しげな雰囲気が全くありません。あわてて二匹の名前を呼びながら、仕事部屋の電気をつけて呆然としました。私の机の上の製図用の台が下に落ち、原稿用紙や壁に止めてあった書類等々が、部屋中に散乱しているではありませんか! まるで部屋の中を小さな台風が通り過ぎたみたいに!「なにこれ!」叫ぶと同時に、全ての窓とドアの鍵を確かめに走りました。侵入者かと思ったのです。しかしどの窓もドアもしっかりと閉まってます。仕事部屋に戻ってくると部屋の空気がやっぱり止まったように凍っています。侵入者の恐れは無くなったものの、二匹の猫達が心配で心配で、名前を呼びながらあらゆる所をさがし、猫缶を持ってきて、部屋の真ん中で二匹を呼びながら開けてみても、どこにも気配すらありません。猫缶を開けたのに、出てこないなんて考えられないことです、第一モルダーは呼べば、返事をして出てくる子です。寝着のままつっかけをひっかけて飛び出し、マンションの廊下やエレベーターまで息を切らして探し回りましたが、姿はありません(一歩も外に出たことのない二匹が、いるわけもないのですが)。

部屋に戻ってきて、ふと仕事机に目を向けたとき、机の上のパソコンと窓の間に妙なものが押し込められているのに気がつきました。指でつまみ出してみると、ぎゅっと小さく固められたスーパーの買い物袋。無論、普段そんなところにそんなものはありません。いつもは台所の収納の中に入れてある袋がなんでこんな所に、とよく見ると表面がなんだか液体でベトベトしています。これは尋常ではないことが起きている、と、普段そういった現象を半信半疑でしか聞かない私が、はじめてその可能性を考えました。でもそんなことより、とにかく二匹の安否が先です。袋を放り出し、もう一度部屋を探しましたがやはりどこにもいません。時刻はまだ5時を少しすぎたところです。動揺したままベッドに座りこみ、とにかく落ちつかないと、この時間じゃ誰も呼べないし、どうしようもない、と夜が明けるまで二匹への心配を押し殺して休むことにしました。アルコールが抜けないうちに走り回って気分が悪くなっていたのです。しかし眠れるわけもありません。横になったまま二匹のことばかり考えてしまいます。

6時を過ぎたときもう待ちきれなくなって、私の周りでこういったことが相談できる、唯一の知り合いの携帯に電話しましたが、留守録です。この時間じゃあたりまえです。けれど、ありがたいことに1分とせずに、寝ぼけた声で「こんな時間にどうしたんですかぁ?」と電話がかかってきました。「ああ! あのね! 猫がね!」と、なんだか一気に緊張の糸が切れて、涙声でいなくなった経過を話しました。相談した結果、もう一人の人と連絡をとって、お昼あたりにもう一度うちに連絡をくれることになりました。
さて、その相談できる人、というのは実はここのチャットにも時々遊びに来る、りゅう君なのですが、実は彼はこういった方面のことを専門にお仕事にしているのです。私も色々それまで不思議だったり怖かったりしたりゅう君の体験談を、お酒を飲みながら「わ〜それ、面白いね〜。いつかコミックのネタにさせてよ」なんて冗談言いながら興味津々で聞いてはいましたが、まさか自分がお世話になるとは夢にも思っていませんでした。

相談したことで少し落ちついて、朝日が差し込むカーテンを開けようと動いたとき、消え入りそうなかすかな声で「にゃ……」と聞こえました。
間違いなくモルダーの声です!「どこ?! どこなの?!」叫びながら部屋中をはいずり回ると、もう一度かすかに鳴き声がします。
それはなんと冷蔵庫の裏からでした。そんな所にもぐりこめる隙間はありません。「どうしてこんな所に!!」と半分わめきながら冷蔵庫を引きずり始めました。冷蔵庫をどけないと出て来れないのです。重い冷蔵庫をなんとかずらし、やっと猫が通れるだけの隙間を空けると、ヨロヨロとおぼつかない足どりでモルダーが出てきました。よろけてはいますが、怪我は無いようです。「モル!!」叫んで抱きしめましたが、じっと目が座ったままうごきません。何かのショックをひきずっているような様子です。でもとりあえず無事だった!!思わず抱いたまま床に座り込んでしまいました。

普段の半分の動作でゆっくりとよろけながら歩くモルダーを、彼のお気に入りの座布団に休ませ、カーテンと窓を開け、換気扇を回し、部屋の異様な空気を入れ替えました。モルダー室内にいたということは、必ずダナもいるはず。なんとしてもダナを探さなくては。
しかしそれから4時間、探してもどこにもいません。
午前11時を過ぎたとき、おかしなことに気がつきました。突然、私の後頭部の左側から背中の左側にかけてウエストあたりまで、しびれが来たのです。
寒気とは全く違います。しびれるのです。こんなことははじめてです。あれ? と思うと同時に、私の隣でやっと落ちついた様子を見せていたモルダーが、急に立ち上がってソロリ、と私から離れて行くのです。それまでずっとなでてあげていたのに、手を伸ばすと怯えて身を縮めてしまいます。「ええ? 私が怖いの? どうして急に??」おかしいと思いながら、すっかり寒くなった部屋を暖めようと、開けていた窓を閉めるために体をのばしたとき、テレビの裏のわずかな隙間で、かすかに小さく光る緑色の目に気がつきました。
ダナです!!
「ああ! ダナ! ダナじゃないのっ!! そんなところにいたんだ! よかったぁ!!」あまりの安堵に大きく息をはいて、窓を閉めることも忘れて、机の下にもぐりこんでダナを見ようとしました(机の隣に大型テレビがあるので)

ところが、ダナはあらんかぎり身を縮めて、遠目にも明らかにガクガクと体を震わせているのです。昔から猫を飼っていますが、あんな状態の猫を見たのは初めてです。それを見たとき本当にショックでした。「どうしたの、大丈夫だから。怖くないから出ておいで。ね」
どうしても私の手の届かない所にいるため覗くだけでしたが、ただただ大きく震え続けるだけで、私にはどうすることもできません。そのうち、私が覗くと震えが増すことに気がつきました。
「ダナも? 私が怖いの? なんで?」その時タイミング良く、りゅう君の知り合いのリーダー(リーディング能力を持つ人)から電話がかかりました。電話回線だけでも透視できるのです。猫はとりあえず見つかったことだけを伝えると、「あの、猫は今藤貴さんを恐がっていませんか?」と聞かれました。驚いてその通りだと答えると
「恐がらないで下さいね。今、藤貴さんの左側にくっついているんです。かなり乱暴な口を聞く男性が」……あ。さっきから感じているこの左側の異様なしびれは……。
それからざっと部屋の全体の様子を透視してくれた後、そのリーダーの方によると、昨日かなり酔った私の隙につけこんでそいつはくっついてきたのだけれど、人間に影響ができず、私が寝入った後、部屋中をモルダーとダナをメチャメチャに追いかけ回したのだとか。しかも、今は二匹を心配する私の左側にくっついて、私の肩越しにモルダーとダナをのぞき込んで脅かしている、と。
だとしたら恐らくモルダーとダナは、霊という侵入者に心から怯えたはず。しかも逃げても逃げても体を持たないそいつは、どこまでも追いかけ、これまで感じたこともないパニックに陥ったはずです。その上そいつは今もまだ脅かしている。私を利用して。
怖い、なんてことよりも、猛烈な怒りが頭にのぼりました。
なんも関係のない、人の猫をいじめるなんて!
その後、そいつの剥がし方を(自分で出来る範囲の)習って、電話を切りました。一応自分からだけ離して、夜になれば“表の仕事”を終えたりゅう君が、そいつを完全に部屋から追い払ってくれるというのです(ゴーストバスターは裏の仕事(笑)コミックみたいでしょう(笑))
半信半疑で習った剥がし方を実行すると、不思議なものでモルダーがすぐにすりよってきました。ああ、本当に剥がれたのね、と驚きながら、今度はダナがテレビの裏から出てくるのを、床に座って何時間も待ちました。あまりのショック状態なので、無理矢理引き出せないのです。6時間かけて、少しずつ少しずつ出てきたダナを、その日の出かける予定を全部キャンセルして見守りました。
ダナはもう15時間以上も飲まず食わずの上、おトイレにも行っていません。夕方6時近く、やっと出てきて私の腕に抱かれたとき、思わず涙がこぼれました。ダナのお腹がパンパンに膨らんでいたからです。こんなことになっても、粗相はしたくなかったらしく、ずっとずっとオシッコをガマンしていたのです。そのお陰で、私の腕にたどりつくまで、ほんの少しの音にビクリ! とすると同時に、ポタポタっと数滴もらしていたのです。でもガバ、とつかんでおトイレにつっこむわけにも行きませんでした。
恐らくモルダーよりも恐ろしい目にあったのでしょう。そのショック状態はモルダーと比べものにならないくらいひどく、たった2メートルを歩くのに、ブルブルと震える足で、カメレオンのような一歩一歩をたどっていたのです。
もう私を恐がってはいませんでしたが、今度はかすかな音や気配に怯えきっていました。モルダーがちょっと体を動かして床をすった音にさえ怯え、速攻でテレビの裏に戻ろうとするのです。そんな状態でやっとやっと私の腕にたどり着いてくれたのです。

さて、ダナが出てくるまでの間、一つ気がついたことがあります。
モルダーが決して台所の方に行こうとしないことです。仕事部屋から台所の方をじぃっと見張り、その目線は空中の「何か」を必死で追っています。全身が緊張でピリピリして、もしその「何か」が少しでもこの部屋に近づいたら、即全力で逃げようと構えています。
そのただならぬ様子から、ああ、今台所の方にヤツがいるんだ、と解りました。電話で言われたとおり私から剥がした後、私と猫がいる部屋の入り口には天塩を盛っていたので、部屋には入って来れないのかもしれません。お塩って本当に効果があるのかな、とちょっと疑問だったのですが、二匹ともこの部屋では安心しているし、今は効いているらしい、と思い初めました。

しかし、猫のおトイレが置いてある所は台所を通らないと行けないのです。抱き抱えているダナのお腹はパンパンです。でもおトイレを抱えて持ってくるわけにもいきません。
考えたあげくダナを恐がらせないように、その小さな顔を手で覆って、ダッシュで走って猫用おトイレに行きました。幸い台所と区切る扉があるので、それをすぐにピシャリ! と閉め、猫砂にダナを下ろしました。ところがダナは猫砂の上で異様に緊張して怯え、震えながら一点を見つめているのです。それは戸の飾り窓でした。私には見えませんが、そこからヤツが覗いているのかもしれません。その窓の前に私自身が立ってふさぎ「大丈夫だから。オシッコしなさい」と言うと、ようやくやっとのことでダナはオシッコをしはじめました。
それはそれは長い長いオシッコでした。あまりの長さに、悲しくなりました。
こんなにまでガマンしていたなんて。ダナのおトイレをすませ、さすがに私も疲れてきたので、仕事部屋から二匹をかかえて寝室に移りました。もちろん入り口には天塩を盛って。これで二匹が安心するなら、いくらでも盛ります。猫ごはんの容器も新しい猫缶もお水も持ってきて、二匹に与えましたが、まだ食事をする余裕まではないようで見向きもしません。寝室に移っても、モルダー、そしてダナもじぃっと台所の方を見つめて動こうとしません。台所に通じる扉は、いつも猫が自由に通れるだけ開けているのです。今考えてみれば、その時だけ完全に閉めてしまえばよかったのかもしれませんが、そのときは何故か思いつきませんでした。

まるで置物のように二匹で体をぴったりと寄せて、台所の方を見張っています。そのうち二匹の視線が全く同じように空中を追い始めました。ああ、やっぱり二匹で同じもの見てるんだ、ヤツは台所の方にいるんだ、と、もうここまで来ると全面信じざるを得ませんでした。自分が目撃したり体験したりしたものは、夢かなとか、思い違いかな、と考えることができますが、猫二匹がここまでそろって同じ反応をしてくれてはお手上げです。夜の8時になったころ、ふとモルダーが動きました。おトイレに行きたくなったらしく、こわごわと寝室を出て台所に向かいます。
あれ? モルはそっちに行っても大丈夫なの? と思いながら心配でついていきました。ゆっくりとある一点を異様に警戒しながら、モルダーは私がついてくるのを確かめ、私の顔を見ながら用をたしました。そのときなんとダナもおそるおそる寝室から出てきたのです。二匹で、ある一点を見つめます。それは台所の横にある玄関。どうやらヤツは玄関に落ちついたようでした。ひょっとすると各場所に置いた天塩とお香のお陰で、そこに追い込まれたのかも知れません。
(お香は昔から好きでよく焚いていたのですが、部屋を浄化する働きもある、と何かでは読んだものの、本当に効果があるかどうかは解りませんでした。でもリーダーの方が、効果が望める、と言うので焚いてみたのです)それを確認すると気が済んだのか二匹とも速攻で寝室に戻り、私もテレビなどをつけて、二匹をなでながら疲れでウトウトしはじめました。なにしろ徹夜のあと赤ワイン漬けになって3時間ほどの睡眠しか取っていない上、ずっと緊張状態が続いていたのです。二匹は相変わらず台所、いえ玄関を見張っています。同じ目線、同じ動きで。お腹すいたなー、と私も考える余裕ができた夜9時頃、やっとりゅう君から連絡が入りました。
「あのですね、今見たら先生から離れて玄関にいますよ」
「あ〜やっぱし玄関? やっぱしね〜」
電話だけで、それを見てしまうりゅう君やリーダーの方の能力のすごさに驚くよりも、もう疲れてしまって、やっぱり〜〜を繰り返すばかりでした。
「今から、その部屋から追い出しますからね。なんか他に気になる渦巻きみたいなエネルギーも見えるんで、それもついでに取っておきますね」
この渦巻きのエネルギーは今回のことに関係なく、私のような執筆業をしていると色々な念が来るそうで、あまり気にすることもないけれど、いいものでもないので取っておく、とのことでした。
「それから猫の方ですが、小さい方が異常に恐がってませんか?」
「おお、そーなのよ。モルよりダナのショック状態が激しいの」
そうしてヒーリングもできるりゅう君は、猫のケアもしてくれたのでした。
「今晩一杯は猫も落ちつきませんけど、明日になったら良くなりますからね」
「そうなんだ。ああ、もう今日は朝から本当にごめんね。本当にありがとう」

電話を切って30分ほどたったころでしょうか。水をくみに台所に立った私の後ろを、モルダーとダナがくっついてくるのです。そのまま二匹とも警戒体制をとりながら、細心の注意を払って、玄関に向かい始めました。ほんの少しの間、モルダーは玄関に向かって歯を向きだし、威嚇行動をとっていましたが、どうも威嚇、というより、観察しているようでした。そのうちおそるおそるモルダーが玄関に降り、全身を膨らませてにおいをかぎ始めました。まるで地雷を避けるような足どりで、一歩一歩ゆっくりと前進しながら、天井も靴箱も床もありとあらゆる所を見回して、少しの漏れもなくチェックしようと緊張しています。そのモルダーの行動をしばらく見ていたダナも、やがて同じような動作で玄関に降り、二匹でグルグルと二重のチェックを始めました。緊張はしていますが、もう毛は逆立っていません。
……あ、いなくなったのね。
あれほど異常に恐れていた玄関を、床も壁もなめるようにかぎまわっている二匹を見ていておかしくなりました。この態度の落差。りゅう君が追い払ってくれたのは本当みたいだな、と、もう信じるしか無いじゃないですか(笑)それからやっと二匹は22時間ぶりの猫ごはんを食べたのでした。すごい勢いで。でもその夜はちょっと心配だったので、明かりをつけて寝ました。

翌日はりゅう君の言った通り、二匹とも何があったかさえ忘れてしまったように、いつものモルダーとダナで、朝からノーテンキな毛づくろいにいそいんでいました。勿論台所でも玄関でも平気で駆け回って「ちょっとあんたたち、昨日のあれはなんだったのよ〜」と言いたくなる元気さでした。

昨日丸一日仕事ができなかった分、今日は原稿を進めなくては、と机についてすぐ、製図台についているものに気がつきました。点々と散った乾いた液体。………あれ? あれれ??
あらためて部屋中をじっくり見ると、同じ液体の跡があちこちに点々とあります。
アシさんたちの机の上、絨毯の上、パソコンにまで……。
それを追っていくとなにかの痕跡のような筋になっています。そうか! これってきっとダナのオシッコだ。逃げ回ってるときに、きっと怖くってオシッコしながら逃げたんだ、この筋はダナが逃げたルートなんだ……と一瞬納得したものの。
あ? こんなにずっとオシッコしながら猫って走るんだろうか?? 通り道が全部解るほど??
おまけにこのパソコンのどう見ても勢いよく飛び散ってるのって、走りながらじゃつけられないじゃん。……そういえばパソの後ろにあった、あのスーパーのビニール袋ってなんだったんだろう。あれにもべったり同じような液体がついていたけど、あれって台所の収納戸棚から持ち出してきたものだよね?? 一体誰が? ヤツが? なんのために??

これが未だに解らない点ですが、まあスーパーの袋の謎はともかく、液体はダナのオシッコだということにして(あれだけがまんしてたことだし)その日は大掃除をしてから、原稿にかかりました。
……でもねぇ、猫って自分のにも他の猫のにもオシッコの匂いには敏感で、乾いた後もそりゃあかぎまわって、砂を埋める動作をするもんなんだけど………これだけ飛び散った跡があるのに、モルダーもダナも匂いはかいでも、全く砂埋め動作もしないのよね………う〜〜〜〜ん、でもま、いっか。なんかヤツが残したなんて思いたくないし。てなこと無理矢理決着モード(笑)

この出来事を翌日友人と、猫は怖い思いをしてしまったけれど、大きな実害があったわけでもないし、追い払ってもらったし、まあよかったね、りゅう君てすごいね、とひとしきり話しました。とにかくほんとに二匹とも無事でよかった、と。
しかし、それから一週間。アシさんたちが訪れた初日にそれに気がつきました。
モルダーの後ろ足の指先が真っ赤に腫れ上がって、そこが破れて血まみれになっているのです。
一瞬言葉を失って、アシさんの一人に「悪いけど一緒に獣医についてきて!」と二人がかりで7キロのモルダーをかかえて(土曜日の午後でしたが、診てくれるというので)獣医にかけ込みました。
結果は後ろ指のツメが3本もはがれていました。
見えにくい所で、おまけにまだ浮いたツメが全部ついていたので、気がつかなかったのです。一週間の間にどうやら化膿し、それが破れて出血してしまったのでした。
ずっと平気で歩いてたのに……と言うと、アメショの中には痛みにニブイ子がいるんだけど、モルダー君はきっとそうだ、と言われて苦笑。けれども「猫は前足は怪我をすることはあっても、後ろのツメを痛めることは滅多にないのに…この子、どうしちゃったのかしらね…」と先生は首をひねっていましたが、いくらなんでも幽霊に追っかけられたなんて言えませんから、適当にごまかしました。
治療の仕方としては、浮いたツメを麻酔無しでバリっとはがして治す方法と、このままの状態でゆっくりと時間をかけて治す方法の二つあると言われ、迷うことなく後者を選びました。あんなに怖い思いをしたのに、これ以上痛い思いをさせたくなかったのです。

帰ってきてからアシさん達にことの顛末を話すと、
「冷蔵庫の横からモルダーは入れないから、もしかして冷蔵庫の上のレンジに飛び乗って、そこから裏におっこちたんじゃないですか?」との意見。
ああ、そうか、きっとそうだ。そうやって落ちるときに、後ろ足のツメをはいじゃったんだ、と納得。そんな所まで追いつめられてどんなに怖かっただろう、と改めてかわいそうになりました。
お陰でその仕事中はこの話題でもちきりでしたが、原稿もいつも通り順調に終わり、全員で片づけをしていたときです。台所で掃除機をかけていたアシさんが慌てて私を呼びます。「モルダーが!! モルダーが!!」何事かと思って行くと、モルダーが床の一点を見つめて、凄まじい形相で威嚇しているのです。そんな恐ろしい顔をして威嚇をするのは、生後間もない頃うちにきてから初めてです。勿論私も初めて見るモルダーでした。威嚇している床は、掃除をするためにすべてをとっぱらってなんにもありません。しかしモルダーは自分の場所を転々と変えながら、その一点への威嚇をやめようとしません。おまけにせっかくふさがりかけた後ろ足の傷が破れ、モルダーの行くところ行くところ血がしたたり落ちます。

その血にびっくりしたのもあって「また来ちゃったの? なんで?!」と焦りましたが、考えたら今回はモルダーがこれだけ威嚇しているし、その目線からどうも大きくない。ウサギか猫くらいの大きさのようで、そんなに強くなさそう。じゃあ、こないだ教えてもらったやり方で追い払えるかも、と実行。
それが効いたのか、それとも勝手に出ていってくれたか消えたのかは解りませんが、5分ほどですぐにモルダーの態度も元に戻り、みんなもほっとして掃除の続きにかかりました。
モルダーの傷も表面が少し破れただけでした。
でもこの日は誰一人出かけてなかったのです。誰かにくっついてきたわけではありません。
この珍入者(?)がなんだったのかは今も解りません。
おもしろいな、と思ったのはその後のダナの行動です。
そのときダナは隣の部屋で熟睡していたのですが、掃除が全部すんでしまってから起きてきたのです。当然モルダーの威嚇騒ぎは知りません。ところがモルダーが威嚇した、寸分違わない場所に向かって、全身の毛を逆立てて警戒しはじめ、低く唸りながらその箇所を遠回りにグルグルと回りだしたのです。
しかし1分ほどでその警戒も解き、何事もなかったようにごはんを食べに行きました。
……どうやら猫は、その存在がいるときは勿論、去った後の「痕跡」も感じるようです。
あの玄関での執拗な二匹の観察も、それだったのかもしれません。

その後は幸いなにも起きていません。二匹も毎日オキラクゴクラクです。
モルダーの後ろ足も思ったよりも早く、きれいに治って安心しました。無論あのような威嚇をすることもなく、いつものおっとりまったりの日々です。こういった方面は、テレビや本や人から見聞きするだけだったのに、今回初めて体験をしてしまいました……といっても猫が、ですが(笑)

ただ今回「びっくりした」という表現が合うもう一つの出来事は、土曜日の午後の時間外に獣医に行って、「一応用心の化膿止め」注射を一本打ってもらっただけで、ぬわ〜〜〜〜んと2万6千円!請求されたこと(笑)時間外料金が高かったのです。受け付けカウンターで「は?!“一応用心の” ちゅうしゃいっぽんにまんろくせんえん?」と口をひらいてしまいました(笑)。
でもまあ、大切なモルのためだからいいか、と、その夜友人に話したら
「時間外で水増し料金とるよーな獣医はかえろ〜〜〜!!! 一体命をなんだと思ってるんだ!うちの犬を連れて行ってるとこなんか、んーな時間外料金なんか取らないよ!! 動物だっていつ病気になるか解らないんだから!! そんなもの請求するお金儲けだけの獣医なんか、変えたほうがいい!!」
それを聞くまで、獣医ってみんな時間外料金を取るもんだと思ってました。

……そうか、そうなんだ。新しい獣医を探そう。

…さて後日談のまた後日談として、この話を一緒にイタリアンレストランに行った人たちに話すと、そのレストランの隅っこに、なにか黒い人影や、黒いもやを見た人が数人いたのです(勿論私は見ていません)…多分その「乱暴な口を聞く男」は、そこから拾ってきたのでは、と推測されましたが、確証はありません。一体どんな境遇で何を言いたかったのかは解りません。りゅう君に聞いたら「あ、探る前にとっぱらっちゃいました」だったので(笑)
ただ、今度から外で飲んで帰るときは、充分気をつけよう、と思っています。

とにもかくにも、不思議で迷惑で感心もした、初めての出来事でした。